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東京高等裁判所 平成10年(ネ)5167号 判決

当事者の表示 別紙「当事者目録」記載のとおり

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴人らが当審で追加した請求をいずれも棄却する。

三  控訴費用(当審で拡張した請求の訴訟費用を含む。)は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一申立て

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は控訴人らに対し、各金二〇〇〇万円を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

1  主文第一ないし第三項と同旨

2  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二事案の概要

1  本件は、フィリピン国籍を有する女性である控訴人らが、第二次世界大戦当時フィリピン国内において、進駐してきた日本国の軍隊(以下「日本軍」という。)の兵士らから暴行、監禁及び強姦等の被害を受け著しい精神的苦痛を被ったとして、被控訴人である日本国に対し、控訴人一人につき二〇〇〇万円の損害賠償を請求した事案である。

2  原審において控訴人らは、右請求の根拠として、<1>国際慣習法に基づく損害賠償請求権、<2>「人道に対する罪」違反に基づく損害賠償請求権、<3>フィリピン国内法に基づく損害賠償請求権及び<4>日本の民法に基づく損害賠償請求権を主張し、被控訴人はこれらをいずれも争った。

3  原審は、控訴人らの請求の根拠について検討し、<1>控訴人らが主張する国際慣習法の成立を認めることはできない、<2>「人道に対する罪」に違反することをもって国家の民事責任の根拠とすることはできず、右違反を理由として国家が個人に賠償するとの国際慣習法の成立も認めることができない、<3>フィリピン国内法の適用については法例の解釈上疑義があり、フィリピン国内法が適用されるとした場合でも当時の日本の法律では不法行為とならず、また仮に不法行為と評価されたとしても日本法の適用があるので損害賠償請求権は除斥期間の経過により消滅している、<4>本件各加害行為当時、国家の権力的行為については国家無答責の原則により日本の民法の適用が排除されており、仮に同法の適用があるとしても損害賠償請求権は除斥期間の経過により消滅している(信義則、権利濫用の法理は適用されない。)等と判示し、控訴人らが主張する被害事実の有無及び損害額について判断することなくその請求をいずれも棄却した。

4  控訴人らは原判決を不服として控訴し、原審における請求は国際慣習法に基づく損害賠償請求ではなくハーグ陸戦条約三条それ自体に基づくものであったと釈明した上、原審における右各主張に加えて、<5>昭和二二年一〇月二七日から施行された国家賠償法はそれ以前に行われた日本の公務員の不法行為についても適用があり、同法附則六項はその限りにおいて憲法に違反して無効である、<6>日本の国会議員が控訴人らを救済するための賠償立法を違法に怠ったこと及び被控訴人が本件各加害行為の加害者をなんら処罰せず放置したことはいずれも国家賠償法一条一項に該当する行為であるとして、国家賠償法一条一項に基づく損害賠償請求を追加し、被控訴人はこれを争っている。

第三当事者双方の主張等

本件の前提となる事実、争点及び争点に関する当事者双方の主張は、次のとおり付け加えるほか、原判決「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」(ただし、「二 前提事実」の部分)及び「第三 争点」に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人らの当審における主張(補足主張及び新たな主張)

1  ハーグ陸戦条約三条に基づく請求について

(一) 控訴人らは実定法上の根拠を欠く一般的な国際慣習法ではなく日本が条約上の履行義務を負っているハーグ陸戦条約三条に基づいて本件請求をするものである(これを国際慣習法に基づく請求として一般化した原判決の理解は誤っている。)。そしてハーグ陸戦規則及びハーグ陸戦条約は国際慣習法を体現する規定であるためハーグ陸戦条約二条の総加入条項は無効化しているから、控訴人らはその制限を受けない。

(二) 原判決は、国際法は国家と他の国家との関係を規律する法であり、個人がその属する国(以下「所属国」ともいう。)以外の国家に対し権利侵害による被害回復を直接求めるためにはこれを認める特別の国際法規範が存在しなければならない旨判示しているが、国際法上個人の請求手続が存在しないということをもって請求権そのものも存在しないという立論は誤っている。

そもそも国際法上の権利義務は国際的な実現手段と国内的実現手段の二つの段階で発現し得るものであり、国際的又は国内的実現手段を持たないからといって権利義務の存在そのものが否定されるわけではない。

ハーグ陸戦規則違反行為による被害者の賠償を求める権利は、国際法上の請求手続の定めがなくとも請求手続が完備された国内法廷における請求や後に条約などで成立する国際的手続によって実現し得る権利であるから、国際法上の手続の不存在をもってその実体的権利が否定される理由はない。

(三) 一九世紀末には個人は既に国際人道法の保護を受けるべき主体性を付与されており、国際連合憲章第一条、世界人権宣言及び国際人権規約などの国際人権法において、これが戦時と平時を通じた法理であることが確立している。個人は戦時国際法によってその行為を直接規制されており(例えばハーグ陸戦規則二三条)、また人権に対する侵害を受けた個人が国内の法廷やその他の法制度を通じて効果的な救済を受けるべき地位にあることは世界人権宣言八条や国際人権規約(B規約)二条三号などにより確立している。

(四) そもそもハーグ陸戦規則四六条一項は交戦国の一方の軍隊が外国の領土において事実上敵国の権力を排除して自己の権力下に置いた状況の中で適用されるものである。そのような状況にあっては、被占領民はその所属国の庇護の下にないから、被占領民の救済が所属国の外交保護権によらなければならないと考えるのは無意味である。そこにおいて占領軍が被占領民に対して行使する権力は国家権力に基づくものではなく、占領軍と被占領民との間の関係を規律するのは国際法そのものである。そのような国際法における直接的関係として、占領軍はハーグ陸戦規則四六条一項の私権の尊重をはじめとする義務を被占領民に対して直接負い、ハーグ陸戦条約はそのような直接的関係を規律するものとして制定されたものである。このことはハーグ陸戦条約三条の起草過程からも読み取ることができる。

そして、このような直接的な関係の下で占領軍すなわち加害国の賠償義務を認めることは、その法的意味において被占領民の直接の権利行使を前提としていたものである。ハーグ陸戦条約三条はその保護法益に私権を含み、交戦当事者に損害賠償義務を課すことによって私権に対する侵害行為を抑止しようとする目的から規定されたものである。それゆえ、右の損害賠償義務は同条が保護法益とする私権を侵害されたものに対する義務と考えるのが文理上自然であり、同条において損害賠償の請求権者が明記されていない点も、権利の主体が明白であることから何ら奇異ではない。

(五) ところで、控訴人らが原審で主張していたハーグ条約三条に内在する法理とは「占領軍の軍隊構成員が占領地に住む個人に対してハーグ陸戦規則違反の行為により与えた損害について、占領国にその賠償義務を認め、被害を受けた個人の損害賠償を求める権利を確認していた。」ということであり、実体的権利の具体的な実現手段について限定を加えるものではなかったが、原判決はこれを「控訴人らが主張するような法理を実現する国家実行、すなわち、ハーグ陸戦規則違反の行為によって被害を被った個人が、交戦国に対し、直接に損害賠償請求権を行使し、右国家がその義務を履行して賠償金を支払ったという国家実行」と作り替え、そのような主張がされているとの前提に基づいてこれが行われた事例が存在するとは認められないと結論した。これが不当なことはいうまでもない。

2  「人道に対する罪」違反に基づく請求について

今日までに行われた国際刑事法廷(旧ユーゴスラビア紛争、ルワンダ紛争に関するもの)や国際刑事裁判所における返還命令及び賠償命令は、いずれも個人を名宛人とするものであるが「人道に対する罪」が単に刑事責任だけでなく民事責任の根拠となり得ることを示している(「人道に対する罪」が刑事責任追及の概念として成立したことを理由として民事責任と無関係であるとする原判決の判断は誤っている。)。そして控訴人らが被った性暴力が「人道に対する罪」を構成することは「旧ユーゴスラビア刑事法廷規程」、「ルワンダ刑事法廷規程」及び「国際刑事法廷規程」の規定上明らかであり、「人道に対する罪」が国家の政策遂行の一環として実施された場合や国家機関の地位にある個人により国家の名において行われたときは、その国家も責任を負わなければならない。

3  フィリピン国内法に基づく請求について

(一) 控訴人らを監禁、強姦するという本件各加害行為は旧日本軍の軍人によりフィリピン国内で行なわれているから、不法行為の成立及び効力に関する準拠法を定める法例一一条一項によりフィリピン国の法律(スペインの一八八九年制定にかかる民法)が適用され、被控訴人は同法一九〇二条及び一九〇三条四文により不法行為の損害賠償責任を負う。

(二) 違法な行為についてその損害の公平な分配を目的とする国家賠償はまさに私法的救済であり、まぎれもなく私法関係である。また国家の権力作用であっても損害賠償の部分は個人の私益の救済をするものであるから、これが私法関係であることを否定することはできない(後記のとおり国家無答責の原則は適用されない。)。

(三) 法例一一条一項が不法行為について行為地法主義を原則として採用している趣旨に鑑みると、同条二項の法廷地法たる日本法の適用(制限)は限定的に解されるべきであり、同項の「日本ノ法律ニ依レハ不法ナラサルトキ」にいう「不法」とは「違法」を意味すると解すべきである。

(四) 本件各加害行為は当時の日本法下でも違法であり法例一一条二項の「日本ノ法律ニ依レハ不法ナラサルトキ」に該当しないから、法例一一条一項により前記フィリピン国内法による不法行為が成立する。

また法例一一条三項の「損害賠償其ノ他ノ処分」とは被害回復の方法のことであるから、時効及び除斥に関する日本の民法の規定は適用されない。

4  日本の民法に基づく請求について

(一) 本件各加害行為は日本の管轄に服していないフィリピンにおいてフィリピン人の控訴人らに対して加えられたものであり、控訴人らと日本国との間には国家無答責の原則が妥当する根拠である「国家と法秩序の自同性」が存在しないから、国家無答責の原則は適用されない。

また日本国憲法(以下「憲法」という。)が制定施行された現在において民法の解釈として国家無答責の原則を当てはめる余地はない。仮に国家無答責の原則の適用があり得るとしても、ハーグ条約が国内的効力を有していたこと及び正義公平の原則に照らし、国家無答責の原則は本件各加害行為については適用されないというべきである。

(二) 民法七二四条後段の期間は除斥期間ではなく時効期間であるが、被控訴人は消滅時効の援用をしていない。仮に被控訴人が右援用をしているとしても右援用は信義則違反又は権利濫用として許されない。

(三) 仮に右期間が除斥期間であるとしても、その適用については信義則違反又は権利濫用を理由とする制限が認められるべきであり、最高裁判所平成一〇年六月一二日判決・民集五二巻四号一〇八七頁(以下「平成一〇年判決」という。)は同条後段の適用に制限があることを認めている。

本件において控訴人らが請求している損害賠償は日本軍の占領下において性的奴隷にされたという国際人道法にも反する重大な人権侵害に対する補償であるが、戦後のフィリピンの政治情勢の下で個人は権利主張をすることができなかった上、一九五六年の日本とフィリピンとの賠償条約締結後日本政府は控訴人らを含めた個人の請求権は右賠償条約で解決済みであるとの主張を繰り返しており、日本政府が個人の請求権が賠償条約で消滅していないことを認めたのは一九九一年八月二七日になってからのことであること等の事情からすれば、民法七二四条後段の規定により控訴人らの請求権が消滅したとすることは信義則に反し権利を濫用するものであり、正義公平の理念からも許されないというべきである。

5  国家賠償法一条一項に基づく請求(当審で追加された請求)

(一) 国家賠償法の遡及適用

(1)  昭和二二年一〇月二七日から施行された国家賠償法(昭和二二年一〇月二七日法律第一二五号)の附則六項は「この法律施行前の行為に基づく損害については、なお従前の例による」と定め、それ以前に行われた日本の公務員の不法行為による損害について適用を排除している。

しかし、憲法の前文、九条、一一条、一三条、一四条、一七条、二九条、四〇条、九八条二項、九九条などの平和主義、国際社会の尊重、基本的人権の擁護、国の賠償責任、財産権の保障と正当な補償、刑事補償等の規定の趣旨及び目的に鑑みると、日本軍による蛮行の被害者に補償を行い、せめて事後的に重大な人権侵害の損害回復を図ることは憲法上の要請であるから、右被害について国家賠償法の適用を排除する同法附則六項はその限りにおいて憲法に違反し無効である(憲法九八条一項)。

(2)  また憲法九八条二項は被控訴人が締結した条約及び確立された国際法規(慣習国際法)の遵守義務を被控訴人に課しているところ、ハーグ陸戦条約は一九〇七年に制定され、被控訴人は一九一二年にこれを批准しているから、被控訴人には右条約を誠実に遵守する義務があり、被害者の請求権を明確にしその請求手続を具体化するための国内法を制定すべき義務がある。

(3)  控訴人らに対する性的虐待は「人道に対する罪」に該当する重大な人権侵害であり、戦時下においても許されない戦争犯罪のひとつである。

(4)  以上からすれば、右附則六項は重大な人権侵害の被害者である控訴人らの救済を排除している限りにおいて憲法に違反して無効であるとするほかない。

(二) 立法不作為の違法

(1)  最高裁判所昭和六〇年一一月二一日判決・民集三九巻七号一五一二頁(以下「昭和六〇年判決」という。)は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというような場合等には国会議員の立法行為についても国家賠償法一条一項の規定の適用上、違法の評価を受ける可能性があることを示唆した。

(2)  フィリピンにおけるいわゆる「従軍慰安婦」は日本軍の駐屯地に拉致されて小さな部屋に数日から数か月間監禁された上、複数の軍人によって組織的・継続的に強姦され性奴隷とされたというものであり、このような蛮行は「人道に対する罪」に該当する戦争犯罪であり、当時の陸軍刑法に違反しているだけでなく婦人及び児童の売買禁止に関する国際条約(一九二一年)や強制労働に関する条約(一九三〇年)にも違反する重大な人権侵害であった。複数の軍人により性奴隷とされ筆舌に尽くしがたい肉体的苦痛と精神的衝撃を受けた控訴人らは今なお深い精神的外傷(トラウマ)に苛まれ続けている。このような被害の甚大さは絶対に無視することが許されず、この被害の放置は憲法がよってたつ最も重要な根本的価値に関わる問題であるといわざるを得ない。

(3)  旧日本軍による「従軍慰安婦」問題を調査してきた国際機関は繰り返し日本政府の責任を指摘し、被害者らに対する法的責任に基づく救済の必要性を説いており(一九九八年八月に国連人権委員会差別防止・少数者保護小委員会で採択されたマクドゥーガル報告書付属文書も同様である。)、法的責任を否定し続ける日本政府においてさえ、元「従軍慰安婦」らに対する救済が必要であると考え、「女性のためのアジア平和国民基金(アジア女性基金)」に対し政府として必要な協力を行うとの閣議決定をしている。

(4)  以上に述べたように、控訴人らに対する人権侵害は極めて重大であり、可及的速やかに救済される必要性が極めて大きい。したがって、一般的にある被害の救済のための立法をすべきかどうかは基本的には国会の裁量であるとしても、控訴人らが性奴隷として被った被害の重大性と救済の高度の必要性からして、本件は憲法秩序の根幹的価値に関わる重大な人権侵害の救済に関する事柄であり、憲法はその救済のための立法をなす義務を国会議員に課していると解すべきであるから、その違反は国家賠償法第一条一項の適用上違法と評価される例外的な場合に該当するというべきである。

(三) 戦争犯罪者を放置した違法

一九一〇年五月四日に制定され、一九二五年に日本も加入した国際条約に「醜業ヲ行ハシム為ノ婦女売買禁止ニ関スル国際条約」がある。この条約は、<1>情欲を満足する為に、売春を目的に、未成年の女子(二一歳未満)を勧誘し、誘引し、又は誘去すること、<2>同じ目的で、成年の女子を詐欺、暴行、脅迫、権力の濫用その他一切の強制手段で誘引し、又は誘去することを禁止し、<3>締結国に<1>及び<2>の行為を防止するに十分な処罰規定を設け加害者を処罰する義務を課している。

しかし、被控訴人はフィリピン占領中はもとより戦後も右条約違反を行った戦争犯罪者を処罰せず、犯罪の再発を防止するための有効かつ適切な処罰法規を制定していない。これは右条約に基づく作為義務の違反であり、国家賠償法一条一項に該当する。

(四) 以上により、本件各加害行為について国家賠償法一条一項が遡及的に適用され、そうでないとしても、国会議員が控訴人らの救済のための特別の賠償立法をなすべき義務を違法に怠ったこと、あるいは被控訴人が加害者をなんら処罰せずこれを放置したことはいずれも国家賠償法一条一項に該当するから、控訴人らは被控訴人に対し、これらにより生じた精神的損害の賠償を求める権利がある。そして右精神的損害を金銭に換算すれば一人当たり少なくとも二〇〇〇万円を下らない。

二  被控訴人の反論

1  ハーグ陸戦条約三条に基づく請求について

(一) 控訴人らは、実定法上の根拠を欠く一般的な国際慣習法ではなく日本が条約上の履行義務を負っているハーグ陸戦条約三条に基づいて本件請求をしている旨主張し、原判決が国際慣習法の一般的成立要件について判断をしていることを非難する。しかし、同条は個人の加害国家に対する損害賠償請求権を認めた規定ではないから、被害者が加害国家に直接請求することができるとする控訴人ら主張の法理については、ハーグ陸戦条約三条を離れ、右法理を認める一般慣行及び法的確信があるか否かという観点から国際慣習法の有無の問題として判断するほかなく、控訴人らの非難は失当である。

(二) 国際法は原則として国家と国家との関係を規律する法であり、その義務に違反する行為によって個人が損害を被ったとしても、当該個人が所属する国家が外交保護権を行使して被害を与えた他の国家に損害賠償等を請求する場合に間接的に救済が図られるにすぎない。個人が所属国以外の国家に対し権利侵害による被害回復を直接求めることができるためにはこれを認める特別の国際法規が存在しなければならない(通説であり、我が国の裁判例も一致してこのような理解をしている。)。ハーグ陸戦条約三条は国家間の権利義務を規定する形で個人の権利の保護をも図ることを目的としており、個人に加害国に対する賠償請求権を付与したものではない。

(三) 控訴人らは国際法上訴求する手続が認められていなくとも実体的請求権が認められている例として国際人権規約(B規約)等を挙げるが、同条約二条三項はその権利の実現が各締約国の国内機関に委ねられるという国内的実施の原則を確認した規定にすぎず、個人の権利を認めた規定ではない(原判決が指摘するボン地方裁判所判決は国内法を根拠として損害賠償請求を認めたものであり、ハーグ陸戦条約三条ないし国際慣習法を直接の根拠として個人の損害賠償請求権を認めた事例ではない。)。

2  「人道に対する罪」違反に基づく請求について

「人道に対する罪」は違反者個人の国際刑事責任を基礎づけるのみで違反者の所属国の被害者に対する民事責任を基礎づけるものではない。また一般論としても国際法に違反する行為によって生ずる国家の責任は相手国に対する賠償責任を意味し、被害を受けた個人が相手国に対して直接賠償責任を追及し得ることを意味するものではない。

控訴人らが引用する旧ユーゴスラビア国際刑事法廷規程及びルワンダ国際刑事法廷規程は損害賠償責任に触れていないし、国際刑事裁判所規程も裁判所が違反者に対し損害賠償を命ずることができるとして違反者個人の責任を定めたものにすぎず、いずれも国家の賠償責任に関する定めではない。

3  フィリピン国内法に基づく請求について

本件のような公権力の行使に伴う国家賠償責任は国家利益に直接反映する法律関係であるから国際私法の対象とならず、また一般の不法行為として性質決定することができないから法例一一条の「不法行為」にも該当しない。したがって、本件に法例一一条は適用されないから、同条の適用を前提としてフィリピン国内法に法的根拠を置く控訴人らの請求はその前提を欠くものであって棄却を免れない。

4  日本の民法に基づく請求について

(一) 軍隊の行為は国家主権の発動である戦争行為の一部として権力作用に属するから、右行為について民法その他の法令に基づく損害賠償を求めることは許されず、そのことは被害者が日本人であると外国人であるとを問わない。

(二) 民法七二四条後段は除斥期間を定めた規定である。不法行為を巡る権利関係を早期に確定させようとする同法の趣旨及び権利の存続期間ともいうべき除斥期間の性質に照らすと、信義則違反や権利濫用を論ずる余地はなく、平成一〇年判決を控訴人ら主張のように緩やかに解することはできない。そして以上のような除斥期間の性質と法意に照らすと、控訴人らが主張するフィリピン国内における事情等は除斥期間の経過による権利消滅を妨げる理由になり得ない。

5  国家賠償法一条一項に基づく請求(当審で追加された請求)について

(一) 国家賠償法の遡及適用

控訴人らが指摘する憲法の各条項が憲法の施行日(昭和二二年五月三日)より前に行われた公務員の行為について遡及的に適用される旨の規定は憲法上見あたらない。基本的人権の尊重が憲法において根幹的価値を認められているからといって、憲法施行前の公務員の不法行為により受けた損害を救済すべきことが憲法上要求されているわけではなく、憲法一七条は公務員の不法行為により受けた損害について賠償請求の要件及び効果を法律の形式で立法府において決定するものとしている。このような憲法の趣旨からすれば「行為」の時を基準として法律不遡及の原則に基づき遡及適用がされないことを規定したにすぎない国家賠償法附則六項が違憲であるとする根拠は見いだすことができず、本件各加害行為に国家賠償法を適用する余地はない。

(二) 立法不作為の違法

昭和六〇年判決が国家賠償法一条一項の適用上、違法の評価を受けることがあり得るとしている「憲法の一義的文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき容易に想定し難い例外的な場合」とは、国会議員の立法過程における行動が一義的に確定される場合のことであり、これを言い換えれば、憲法の一義的文言に反する場合か、あるいは憲法に違反することが一見して明白である場合、すなわち誰の目から見ても違憲であることが明らかであるにもかかわらずあえて立法を行うというような場合であり、文字どおり容易に想定し難い場合に限られる。

そうすると、立法不作為が国家賠償法一条一項の適用上、違法の評価を受ける場合とは、憲法上、具体的な法律を立法すべき作為義務が、その内容のみならず、立法の時期を含めて明文をもって定められているか、又は、憲法解釈上、右作為義務の存在が一義的に明白な場合でなければならないというべきである。しかし、憲法上右作為義務を定めた規定は存在しないし、憲法解釈上も右作為義務を肯定することは困難であるから、昭和六〇年最高裁判決は立法不作為が国家賠償法上違法となることを基本的に予定していないといわなければならない。したがって、本件において国会議員の立法不作為につき国家賠償法一条一項適用上の違法を問われる余地はない。

(三) 戦争犯罪者を放置した違法

国家賠償法一条一項にいう違法とは、公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背することであるところ(昭和六〇年判決)、控訴人らが国の公務員の義務違反の根拠として主張する条約上の義務は、相手方である締約国に対する国際法上の義務であって被害者に対して負担する義務ではないから、仮に控訴人ら主張のような条約上の義務違反があったとしても、国家賠償法一条一項の適用上、違法を問われる余地はない。

また犯罪の被害者が捜査又は公訴提起によって受ける利益は、公益上の見地に立って行われる捜査又は公訴提起によって反射的にもたらされる事実上の利益にすぎず、法律上保護された利益ではないから、被害者は捜査機関による捜査が適正を欠くことを理由として国家賠償法の規定に基づく損害賠償請求をすることはできない(最高裁判所平成二年二月二〇日判決・判例時報一三八〇号九四ページ参照)。

(四) 以上からすれば、控訴人らが当審で追加した国家賠償法一条一項に基づく請求はいずれも理由がなく棄却を免れない。

第四証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

第五当裁判所の判断

当裁判所も、控訴人らの請求は当審で追加された請求を含めいずれも理由がないと判断する。その理由は、次のとおり付け加えるほか、原判決「事実及び理由」中の「第四 当裁判所の判断」に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決の訂正

原判決書一二八頁三行目の「根拠づける」から同四行目の「しかしながら」までを「根拠づけるもののようにもみえるが、甲第六六号証、乙第二一号証によると右判断はドイツ国内法を適用したものと解する余地があり、いずれにしても」に改める。

二  ハーグ陸戦条約三条に基づく請求について

控訴人らは当審において、控訴人らの本件請求は実定法上の根拠を欠く一般的な国際慣習法ではなく日本が条約上の履行義務を負っているハーグ陸戦条約三条に基づくものである(控訴人らの請求を国際慣習法に基づく請求であるとした原判決の理解は誤っている。)と主張する。そこで、ハーグ陸戦条約三条については既に原判決において控訴人らの請求の実体上の根拠となり得ない旨判示するところではあるが、改めて当審において判断することとする。

1  ハーグ陸戦条約は一九〇七年一〇月一八日にオランダのハーグで署名され、日本は一九一一年一一月六日にこれを批准し、同年一二月一三日批准書を寄託した。その結果同条約は右批准書寄託の日から六〇日の経過により日本に対して効力を生じた(同条約七条)。同条約三条は「前記規則(ハーグ陸戦規則)ノ条項ニ違反シタル交戦当事者ハ、損害アルトキハ、之カ賠償ノ責ヲ負フヘキモノトス。交戦当事者ハ、其ノ軍隊ヲ組成スル人員ノ一切ノ行為ニ付責任ヲ負フ。」と規定する。同条の右文言によれば、同条が、軍隊構成員が行ったハーグ陸戦規則違反の行為について、違反者の所属する国家に賠償義務を負わせるものであることは明らかである。そしてこのことは、一八九九年のハーグ陸戦条約及び陸戦規則の改正作業に当たっていた一九〇七年第二回国際平和会議第二委員会において、ドイツ代表団が、各国軍隊構成員にハーグ陸戦規則を遵守させるためには訓令違反を理由とする軍事刑罰法規による処罰だけでは不十分であるとして、ハーグ陸戦規則に違反する行為があった場合の賠償に関する規定を制裁条項として付加することを提案し、そのような目的の下にハーグ陸戦条約三条が起草されたという原判決認定の条約起草過程からも裏付けられている。

2  もっとも、同条は賠償の対象となる損害の帰属主体、賠償の相手方、支払方法等について規定していないので、同条が個人の権利を認める趣旨の条項であるか否かが問題となる。

(一) この点について控訴人らは、占領軍と被占領民とは直接国際法で規律される関係に立ち、占領軍は被占領民に対して直接損害賠償義務を負い、ハーグ陸戦条約はそのような直接的関係を規律するものとして制定され、ハーグ陸戦条約三条はその保護法益に私権を含んでいると主張する。

しかし、前記のとおりハーグ陸戦条約三条は各国軍隊構成員にハーグ陸戦規則を遵守させるための制裁条項として起草されたものであり、被害を受ける個人の権利を保護することそれ自体を目的として起草されたものではない。ハーグ陸戦条約及びハーグ陸戦規則の各条項を検討しても、被害を受けた個人が権利を行使する方法その他個人の権利を認めることをうかがわせる規定はなく、同条約の起草過程においても、被害者が加害国に対し直接損害賠償の請求をすることを認める趣旨でハーグ陸戦条約三条を制定しようとする参加各国の合意やそのような意思の表れとみられるような参加各国代表の発言等を認めることはできない。かえって、スイス代表団が「中立の者に対する賠償の支払は、責任ある交戦国が被害者の国とは平時にあり、また、平和な関係を維持しており、両国はあらゆるケースを容易にかつ遅滞なく解決し得る状態にあるため、大抵の場合、即時に行い得るであろう。このような容易さないし可能性は、戦争という一事により、交戦国同士の間では存在しない。賠償請求権は中立の者と同様各々の交戦国の者についても生じるが、交戦国同士の間での賠償の支払は、和平を達成してからでなければ決定し実施することはできないであろう。」と発言していることに照らすと、スイス代表団は被害者個人の救済が国と国との交渉により実現されることを想定していたものと理解することができる。

(二) 国家は独立の主権を有しており、国際社会を構成するほかの国家とは独立対等な関係にある。このような独立対等な諸国家を規律するものが国際法であり、国際法とは原則的に国家と他の国家との関係を規律する規範のことである。したがって、国家を構成する個人は原則として国際法の権利主体となることはなく、国際法の分野では個人が他国から受けた被害等は所属国の外交保護権の行使によって国家間の問題として処理されるのが原則であり、一般的に個人が国際法に基づいて所属国以外の国家に対する権利行使をするようなことは考えられていない。もっとも、このような国家と国家との関係を規律するという国際法の性格は時代の変遷や国際社会の構造の変化等とともに変容し、本質的には国家の内政に関する事項や個人の権利に関する事項をも国際法による規律の対象に取り込むものが現れるようになり、その限りにおいて個人と他の国家との関係が国際法により直接規律されることも生じている。しかし、独立の主権を有している国家をそのような規律に従わせるためには国際法上明確な根拠が必要であり、国家を構成する個人が所属国以外の国家に対し直接被害回復を求める権利を付与されるというためには、個人が所属国以外の国家に対し直接被害回復を求めることを認める特別の国際法規範が存在しなければならない。右国際規範は必ずしも直ちに利用することができる具体的な権利実現方法を定めるものでなくともよいが、少なくとも国際規範において権利の実現手段を確保することを国家に義務づけるなど右のような個人の請求が権利として他の国家を拘束するものであることが明らかでなければならない。

前記のとおり、ハーグ陸戦条約及びハーグ陸戦規則の各条項には被害を受けた個人が権利を行使する方法その他個人の権利を認めることをうかがわせる規定はなく、他の条約等において、ハーグ陸戦条約三条が個人の権利を認めた条項であることを確認していると認めるに足りる証拠もない。控訴人らは、賠償を求める権利の主体が被害を受けた者であることはハーグ陸戦条約三条において損害賠償の請求権者が明記されていなくても明白である旨主張するが、前記のとおり個人は国際法上無条件に権利主体となるものではなく、ハーグ陸戦条約三条の文言及びその起草過程等を検討しても控訴人ら主張のように解すべき根拠は見いだせないから、控訴人らの右主張は失当である。

(三) また控訴人らは、国際法上の権利義務は国際的又は国内的実現手段を持たないからといって権利義務の存在そのものが否定されるわけではなく、国際法上訴求する手続が認められていなくとも裁判上実体的請求権は認められるとして、世界人権宣言や国際人権規約(B規約)を挙げ、ハーグ陸戦規則違反行為による被害者の賠償を求める権利は、国際法上の請求手続の定めがなくとも請求手続が完備された国内法廷における請求や後に条約などで成立する国際的手続によって実現し得る権利であると主張する。

国際法の歴史は、大きくみて、国家と国家との関係を規律するという初期の形態から一部ではあるが人権や個人の権利等、国家と個人との関係をも規律の対象に取り込むものへと次第にその姿と機能を変えつつあるということができ、その背景としては人権意識の高まりや国際社会の構造の変化といった要因が考えられる。しかし、それでもなお国際社会が独立対等の諸国家により構成されているという基本的な構造は変わりがなく、そのため、国際法により直接に個人の権利、すなわち国家と個人との間の権利関係を規律することは、そのことを諸国家が是認して条約等により明確な合意が遂げられ、あるいは諸国家の確固たる実践によりそのことが諸国家を規律するものとして諸国家に受け容れられているような一部の場合に限定される。控訴人らが指摘する世界人権宣言は、第二次世界大戦後の一九四八年一二月一〇日の国際連合第三回総会において「すべての人民とすべての国民が達成すべき共通の基準」として採択された法的拘束力のない決議であったが、その後の人権意識の高まりを背景として現在では国際社会における諸国家の行動規範として重要な役割を担うようになっており、その意味で右宣言は国際法が個人の権利関係にまで踏み込んで諸国家の行動を規律しようとした一事例ということができる。また国際人権規約(B規約)は、一九六六年一二月一六日の国際連合第二一回総会において採択された条約であり、締約国は、すべての個人に対し、右規約において認められる権利を尊重し及び確保することを約束し(二条一項)、右規約において認められる権利を実現するために必要な立法措置をとるため、自国の憲法上の手続及び右規約の規定に従って必要な行動をとることを約束し(同条二項)、右規約において認められる権利等を侵害された者に対する効果的な救済措置をとること等を約束している(同条三項)。したがって、国際人権規約(B規約)は世界人権宣言の趣旨をさらに一歩進めて個人の権利を明確に認めた上、これを擁護し確保する等の義務を締約国家に課したものと認められる。

しかし、一九〇七年に締結(署名)され、右のような権利実現手段自体はおろか権利実現手段を確保する締約国の義務についてすら規定していないハーグ陸戦条約について、これが右国際人権規約(B規約)などと同じように個人の権利を認めた条約であると考えることはできず、ハーグ陸戦条約三条の文言及びその起草過程を検討してもこれが控訴人ら主張のような権利を認めた規定であると解することができないことは前記のとおりである。

(四) さらに控訴人らは、交戦国の一方の軍隊が外国の領土において事実上敵国の権力を排除して自己の権力下に置いた状況の下では、被占領民はその所属国家の庇護の下にないから、被占領民の救済が所属国の外交保護権によらなければならないと考えるのは無意味であるとも主張する。しかしそのような占領下において被占領民が占領国を相手として賠償を求める権利を直接行使することそれ自体もきわめて実現性に欠けることを否定できず、そのような非現実的な状況を前提として所属国の外交保護権による救済が無意味であるとするのは適切な批判とはいい難い。被占領民が占領国の軍隊等により受けた被害は平和が回復された時点で被害を受けた者の所属国の外交保護権の行使により回復されるべき事項に属し、そのような方法により解決を図るのが国際法の基本的な枠組みである。ハーグ陸戦条約三条もそのような国際法の枠組みを前提としてハーグ陸戦規則に違反した交戦国に賠償義務を課したものというべきであり、前記スイス代表団の発言もその趣旨に符合するものと認められる。

(五) 以上に検討したとおり、ハーグ陸戦条約三条は個人の損害賠償請求権を規定したものではなく、後に生じた慣行又は国際法の関連規則(ウィーン条約法三一条三項)により控訴人ら主張のように解すべきであると認めることもできないから、これに基づく控訴人らの本件請求は理由がない。

三  国際慣習法に基づく請求について

前記のとおり、控訴人らは実定法上の根拠を欠く一般的な国際慣習法ではなくハーグ陸戦条約三条自体に基づいて本件請求をしている旨の主張をしている。しかし、控訴人らの主張はハーグ陸戦条約三条が実体法上の根拠となり得ないときには国際慣習法に基づく請求をする趣旨を含んでいると解するのが相当であるから、控訴人らの請求が国際慣習法に基づく請求として認容する余地があるか否かについて以下検討する。そして右の検討はまず控訴人らが主張する法理が国際慣習法として成立しているか否かという点から始めるべきである。

1  原判決が判示するとおり、国際慣習法とは「法として認められた一般慣行の証拠としての国際慣習」(国際司法裁判所規程三八条一項b)のことであり、これが成立するためには諸国家の行為の積み重ね(国家実行)を通じて一定の国際慣行(一般慣行)が成立していること及びそれを法的な義務として確信する諸国家の信念(法的確信)が存在することが必要である。換言すれば、国際慣習法は、国際社会の構成員間で行われる特定の国家実行の積み重ね(国家間の国際慣行)を基礎として形成された国際法規範であり、原則として合意した当事国のみを拘束する条約に対して、その妥当範囲が国際社会全体に及ぶ普遍的な法源である。

したがって、国際慣習法が成立しているといえるためには、特定の国家実行について、大多数の国家において同様の国家実行が反復、継続され、それがある程度恒常的で均一の慣行として、広く一般に受け容れられるに至り、主要な国家を含む大多数の国家その他の国際法主体が、当該国家実行を単に礼譲又は慣例としてではなく、国際法上の義務又は権利として認識し確信して行っていること、すなわち、主要な国家を含む大多数の国家において右慣行を法的な義務として確信する信念が存在していることが必要である。

2  控訴人らは、「占領軍の軍隊構成員が占領地に住む個人に対してハーグ陸戦規則違反の行為により与えた損害について、占領国は賠償義務を負い、被害を受けた個人は損害賠償を求める権利を認められる」という法理はハーグ陸戦条約三条に内在し国際慣習法として成立しており、日本は同条約の締約国として法的義務を負いその法理の拘束を受けていたから、その法理が何を含むのかという条約の解釈についての争いはあり得ても、ハーグ陸戦条約三条の法理の存在自体は、国際慣習法一般の成立要件に照らして国家実行を検討するまでもなく認められる旨主張する。

しかし、ハーグ陸戦条約三条が個人の賠償を求める権利を認めた規定でないことは既に判断したとおりであり、同条の存在をもって控訴人ら主張の法理が体現若しくは確認されているとみることはできないから、控訴人らが主張する法理の存否は、ハーグ陸戦条約三条を離れて、国際慣習法として成立するに足りる諸国家の行為の積み重ね(国家実行)とそれを法的な義務として確信する諸国家の信念(法的確信)が存在するか否かという観点に立って判断すべきである。

3  まず一九四九年八月一二日に署名された「戦時における文民の保護に関する千九百四十九年八月十二日のジュネーヴ条約(第四条約)」一五四条や、一九七七年一二月一二日に署名された「国際武力紛争の犠牲者の保護に関する追加議定書(第一追加議定書)」九一条の規定が問題となるが、これらの規定は原判決が判示するとおりハーグ陸戦規則ないしハーグ陸戦条約の内容の再確認又は同趣旨の規定をしたにすぎないと認められるから、これらの規定が控訴人ら主張の法理を確認しているとすることはできない。また本件全証拠によっても諸国家が控訴人ら主張の法理を国際慣習法として承認する旨宣明した事実を認めることはできない。

4  甲八七号証によると、ギリシアにより占領されていたトルコ領エピルス島の住民がギリシアを相手として徴発により被った損害の賠償を請求した事件で、アテネ控訴裁判所が、国際法はギリシア法の一部をなすという一般原則に則り、私有財産の不可侵を認める国際法の原則即ちハーグ陸戦規則四六条及び五三条に体現されている原則が適用されるべきであるとして住民の請求を認めた事例(エピルス事件判決)や、イギリスにより財産を押収されたエジプトの商社がイギリスに賠償を求めて出訴した事件で、イギリス控訴院が、「国際法は戦時徴発権という形で交戦国がその領域内にある中立国民の物資を徴発する権利を認めているが、これは完全な賠償を行うことを伴う権利である」、「我々の国内法が押収の権利を認め、しかし他方で賠償の義務を排除するという理由が見あたらない」などと述べて賠償を求める請求を認容した事例があることが認められる。

これらはいずれも個人が所属国以外の国家に賠償を請求して認められた事例である。そして前者はギリシア法で承認された「国際法が国内法の一部をなす」という一般原則に基づいてハーグ陸戦規則四六条及び五三条に体現されている原則が国内法として適用され、後者も個人がイギリスの一九二〇年の賠償法に基づいて賠償を請求し、国内法である右賠償法の解釈として賠償請求が認容されたものと理解することができるが(乙第二一号証)、その判断の前提としてハーグ陸戦規則四六条及び五三条に体現されている原則の権利性や国際法上の戦時徴発による賠償請求権が是認されていると理解することができる。

また、ギリシアのレイヴァディア地方裁判所の一九九七年一〇月三〇日判決はギリシア占領中のドイツ軍が行った残虐行為により被害を受けたギリシア人がドイツを相手方として同裁判所に提訴した事件で、ドイツが国家主権の侵害であるとして応訴しなかったにもかかわらず、ハーグ陸戦条約はギリシア及びドイツを拘束する国際慣習法の一部であり、ハーグ陸戦規則四六条はユスコーゲンス(強行法規)であるからドイツは主権免除特権を行使することはできない、請求はハーグ陸戦条約三条及びハーグ陸戦規則四六条に基づき理由がある等と判示して賠償請求を認容したことが認められる(甲第六五号証)。これは控訴人ら主張の法理を国際慣習法として明示的に認めた裁判例であるということができる。

5  これに対し、一九二二年五月一五日にポーランドとドイツとの間で締結されたジュネーヴ条約によって、ポーランドが、ドイツ人及びドイツ人の経営する会社の財産、権利及び利益を収用することができないと定められていた地域内にあるホルジョウの窒素工場を収用した事案に関するドイツのポーランドに対する国家間請求事件(いわゆるホルジョウ工場事件)において、常設国際司法裁判所一九二八年九月一三日判決は、「不法行為に対する賠償が、その不法行為の結果として被害国の国民の受けた損害に相当する補償からなりたち得ることは国際法の原則である。これは賠償の最も通常の形式でさえある。一つの国家が他の国家に対して支払うべき賠償は、それが私人の受けた損害を計算の手段とする補償の形式をとるという事実によって、性質を変更するものではない。賠償を規律する法規は、当該二国間で効力を有する国際法の法規であって、不法行為をおこなった国と損害を受けた個人との関係を規律する法ではない。侵害によって損害を受けた個人の権利又は利益は、同じ行為で侵害された国家の権利とはつねに異なる平面にある。したがって、私人の受けた損害は国家の受ける損害とは性質において同じではなく、前者は国家に支払わるべき賠償の金額の計算のための便宜的尺度を提供するにずぎない。」旨述べていることが認められる。右事例は国家間の一括支払協定に関するものであるが、戦争によって被害を受けた個人の損害の解消を目的とする場合であっても、その解決は国際法の原則に従って国家から国家に対する金員の支払請求として行われること、すなわち被害を受けた個人の損害の解消を目的としていても、そのことから直ちに個人の所属国以外の国家に対する損害賠償請求権を認めるものではないことを示している。右事例は控訴人らが主張する法理を否定する方向のものと評価することができる。

なお、甲第七七号証によると、日露戦争中に日本軍がその過失により占領地人民の民家を焼いたとして賠償金を支払った事例のあることが認められる。右事例はハーグ陸戦条約締結以前の出来事であるから、そのような実践ないしこれを是とする国家の判断がその後のハーグ陸戦条約三条において結実したとみれば国際慣習法の成立をいう控訴人らの主張のひとつの裏付けと考えることができる。しかし、右のような実践がその後の我が国において行われていると認めるに足りる証拠はなく、また右実践の法的根拠等は不明であり、右の実践が被占領民の損害賠償請求を容認する趣旨で行われたと認めるに足りる証拠はない。そして、本件全証拠を検討しても日露戦争以前に控訴人ら主張の法理が国際慣習法として成立していたと認めることはできない。そうすると、右事例をもって控訴人ら主張の法理の国家実践として断定することは困難である。

6  また乙第一四号証によると、アメリカ合衆国(以下「米国」という。)第四巡回区控訴裁判所一九九二年六月一六日判決は、米国のパナマ軍事介入後に生じた略奪及び暴動の結果、資産に損害を被ったとするパナマの企業ゴールドスターが、米国は占領地域の住民を守る義務を怠ってハーグ陸戦条約に違反したので同条約三条により賠償義務があると主張した事案につき、「国際条約は個人的に行使する権利を創設するものとは推定されない。」、「裁判所は、条約が、個人の出訴権を付与する意思を全体として明示している場合に限り、自動執行性をもつと解する。」、「ハーグ条約は、個人が行使する訴権を明確に規定していない。更に我々は、同条約を全体として合理的に解釈しても、締約国がそのような権利を付与する意思があったという結論には達しない。」等と判示したことが認められ、乙第一五号証によると、米国コロンビア特別区地方裁判所の判決に対する一九九四年七月一日控訴裁判所判決は、米国国民がナチスの強制収容所の監禁時に負傷及び労働を強いられたことによる賠償金をドイツに求めた事案につき、「アメラダ・ヘスの訴訟において、最高裁は外国主権免除法における例外規定は、「国際協定が明確に同法の免除条項と矛盾する場合に適用され」、実体的な行動規範を定め、特定の不正行為に対して賠償が支払われるべき旨の規定があるだけの国際条約は、(必ずしも)個人の請求権を創設するものではないとの判断を下した。しかしながら、ハーグ条約のいかなる条項も同条約の違反に対して個人に損害賠償請求権を付与することを示唆すらしていないとの見解では、訴訟の結論は一致している。」と判示していることが認められる。

これらの判決は直接的にはハーグ陸戦条約三条の自動執行力について判断するものであるが、同時にハーグ陸戦条約三条が個人の請求権を創設したものでないとの解釈を採っていることが判文上明らかであるから、これらは控訴人らが主張する法理を否定した事例ということができる。

7  ボン地方裁判所一九九七年一一月五日判決の内容は原判決判示のとおりであり、右判決は強制労働に対する補償を求める被害者の請求を認容している。しかしその際違憲審査請求を受けたドイツ連邦憲法裁判所は、(一)物質的戦争被害は国際法的な協定に基づいてのみ賠償請求し得るという国際法の原則はどの範囲にまで及ぶのか、この原則は特に強制労働に従事していたことから生じる支払請求をも包含するのか、(二)一般戦後補償法の第一条は依然として基本法(憲法)と両立するものであるのかの二点について審査し、その中で、国際法は国家間の法であり、個人は国際法の主体とならず国際法的不法行為があった場合でも請求権を有するのは当該個人ではなく出身国であり、このような国家にだけ権利を認めた原則は一九四三年から一九四五年にかけては人権侵害にも適用され、個人は出身国に外交的保護権を行使することを請求する権利も有していなかったが、その後人権の保護が拡大するにつれて自ら自己の権利を追求できる条約的保護制度が発達した旨述べた上、侵害国がその国内法により、被害者の出身国が国際法上有する請求権とは別に個人の請求権を付与することは当該国家の裁量で自由に行い得るとし、ボン地方裁判所がドイツ人女性原告の請求を連邦補償法の認める補償請求権に準じるものであると認めるのであれば、その請求は国際法上の請求権と並行する国内法上の請求権であり、国際法に触れるものではないとの趣旨を述べている(甲第六六号証、乙第二一号証)ことに照らすと、この事例も控訴人らの主張を裏付けるものではないといわなければならない。

8  そのほか控訴人らが主張する法理に関する国家実行の有無については原判決が判示するとおりであり、諸国家の実践を通じて右法理の存在が確認されてきたと認めることはできない。

この点について控訴人らは、原判決が控訴人ら主張の法理を歪め、「ハーグ陸戦規則違反の行為によって被害を被った個人が、交戦国に対し、直接に損害賠償請求権を行使し、右国家がその義務を履行して賠償金を支払ったという国家実行」の有無という限定した形で法理の実践の有無を判断していると非難する。しかし、控訴人ら主張の法理の実践は、国家においてハーグ陸戦条約三条が個人の権利を認める規定であることを宣明した上個人に損害賠償を行うというような特別な場合はさておき、一般には個人が右法理に基づいて所属国以外の国家に対して直接賠償請求をすることにおいて端的に現れるものであるから、そのような事例の有無について検討することが必要でありまた妥当なことである。そして個人が所属国以外の国に対して直接賠償請求をして認められた事例があったとしても、これがほかの法理や法源に基づくものであるなら右事実をもって控訴人らが主張する法理の実践とみることができないのは当然であるし、個人が所属国に対して賠償請求をして認められたとしてもそれは右法理とは直接係わりがないから、これまた控訴人らが主張する法理の実践ということはできない。

9  以上に検討したところによれば、控訴人らが主張する法理は未だ大多数の国家間において承認されているという状況になく、これを国際法上の義務又は権利と認識し確信する諸国家の信念が存在していないことが明らかであるから、右法理が国際慣習法として成立しているということはできないといわなければならない。したがって、国際慣習法の成立をいう控訴人らの主張は採用することができない。

四  「人道に対する罪」違反に基づく請求について

原判決が判示するとおり、ニュールンベルグ国際軍事裁判所条例及び極東国際軍事裁判所条例は、第二次世界大戦等において非人道的行為等を行った行為者個人の刑事責任を明らかにし、これを処罰する目的で制定されたものであり、そのことは、裁判所が「人道に対する罪」等の犯罪をなした者を「審理し処刑する」(ニュールンベルグ国際軍事裁判所条例六条)、あるいは裁判所が右犯罪をなした者を「審理し処罰する」(極東国際軍事裁判所条例五条)と規定し、右犯罪を行った者の民事責任に関する規定を置いていないことからも明らかである。またその後一九九三年五月二五日の国際連合安全保障理事会決議により定められた旧ユーゴスラビア国際裁判所規程二四条三項は、刑罰の一つとして裁判所が拘禁刑に加え犯罪行為によって得た財産及び収益を正当な所有者に返還することを命じることができる旨規定し(甲第五九号証)、一九九四年一一月八日の同理事会決議により定められたルワンダ国際刑事法廷規程二三条三項においても同様の規定が置かれ、さらに一九九八年七月一八日に制定された国際刑事裁判所規程七五条では、裁判所が被害者に対する、あるいは関する、弁償、損害賠償及び回復を含む適切な賠償を特定して有罪判決を受けた者に対し直接に命令することができる旨の規定がされているが、旧ユーゴスラビア国際裁判所規程二四条三項及びルワンダ国際刑事法廷規程二三条三項はいずれも刑罰の一種として規定されたものであるから、これが被害者等の権利を認めた規定であると解することはできないし、国際刑事裁判所規程七五条についても被害者が国際刑事法廷以外の裁判所に提訴することを容認するものではないから、この規定をもって国際法上個人の権利を認めたと理解することは困難である。そしてこれらいずれの規程においても個人がその所属国以外の国家に対して直接損害賠償請求することを認める規定は置かれていない。

右によれば、旧ユーゴスラビア紛争、ルワンダ紛争に関する国際刑事法廷規程や国際刑事裁判所規程により「人道に対する罪」が単に刑事責任だけでなく民事責任の根拠となり得ることが示されている旨の控訴人らの主張は採用することができず、ほかに「人道に対する罪」違反が加害国家の被害者個人にする損害賠償義務の根拠となり得る事情を見いだすことはできない。したがって、「人道に対する罪」違反に基づく控訴人らの請求は理由がない。

五  フィリピン国内法に基づく請求について

1  本件各加害行為はその主張する内容から明らかなように国家の権力的作用に付随するきわめて公法的色彩の強い行為である。このような行為は国家主権と密接な関係を有しているから、特定の国家法を超越した国際市民社会の共通法ないし普遍法としての国際私法の規律にかからしめることには無理があり、国際法の規律ないしは国家の意思にかからしめるべき事柄というべきである。違法な行為により被害を受けた者に対する賠償は、これを損害の賠償という側面においてみるなら私的権利ないし利益の救済として私法的なものということができるが、その正否についての判断は国家主権の行使ないし発露として行われた当該行為それ自体の正当性の存否に係わり、さらには国家主権行使の正当性にも影響することが明らかであるから、そのような国家主権に密接な関係を有する事柄についてこれを国際私法の規律に委ねるとすることには大きな疑問がある。また本件各加害行為が行われたとされる当時の我が国の法制度の下においては、国の権力的作用について一般私法は適用されないと解されていた。以上の点からすると、控訴人らが主張する事項は国際法によって規律されるものと考えるのが妥当であり、本件請求について国際私法の適用があるとすることには多大の疑問があるといわなければならない。

2  そして仮に控訴人らの主張に従い本件請求についてフィリピン国内法の適用があると考えたとしても、法例一一条二項、三項によりいずれにしても控訴人らの本件請求を認めることができないことは原判決が判示するところである。

六  日本の民法に基づく請求について

1  本件各加害行為が行われたとされる当時の我が国においては国等の公権力の行使による損害について国等が一切の責任を負わないとされ(いわゆる「国家無答責の原則」)、国等の公権力の行使による損害について民法の適用が排除されていたから、本件各加害行為について日本の民法は適用されないと解するのが自然である。また戦後制定された憲法は一七条において「何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は地方公共団体に、その賠償を求めることができる。」と規定し、国家無答責の原則を採らないことを明らかにする一方、公務員の不法行為により受けた損害についての賠償請求の要件及び効果は法律の形式で立法府において決定するものとして立法府の裁量に委ねており、これを受けて制定された国家賠償法(昭和二二年一〇月二七日法律第一二五号・同日施行)は、附則六項で「この法律施行前の行為に基づく損害については、なお従前の例による」と定め、それ以前に行われた日本の公務員の不法行為による損害について同法を適用しないことを明らかにしている。このことは国家賠償法施行前の国等の公権力の行使による損害について民法が適用されないことを前提として、これについて国家賠償法の遡及的適用をしないことを明らかにしたものと理解することができる。

これに対し控訴人らは、控訴人らと日本国との間には国家無答責の原則が妥当する根拠である「国家と法秩序の自同性」が存在しないから国家無答責の原則は適用されない旨主張する。しかし、国家無答責の原則の根源は国家それ自体の主権性や権力性等に求められるべきものであって、国家と被害者との同質性にその根拠を有するものではないから、控訴人らの右主張は失当である。そして憲法制定後においては国等の公権力の行使による損害について国家賠償法の規律するところとなったから、本件各加害行為について民法を適用する余地はない。

2  控訴人らは、仮に国家無答責の原則の適用があり得るとしてもハーグ条約が国内的効力を有していたこと及び正義公平の原則に照らし、国家無答責の原則は本件各加害行為について適用されない旨主張する。しかし、ハーグ陸戦条約三条は国家の賠償義務を規定しているから、その適用を受ける国家はその限度で国家無答責の原則を放棄しているということができるものの、同条が予定する国際法の枠組みによる解決以外の方法により当該国家に対する請求がされた場合にまで右原則を放棄したとみることはできないから、この点の控訴人らの主張は採用することができない。

3  民法七二四条後段の適用及び解釈については原判決の判示するとおりであり、同条後段の期間は除斥期間と解すべきである。したがって、不法行為による損害賠償を求める訴えが除斥期間の経過後に提起された場合には、裁判所は、当事者からの主張がなくても、除斥期間の経過により右請求権が消滅したものと判断すべきであり、除斥期間の主張が信義則違反又は権利濫用であるという主張は主張自体失当であるというべきである(最高裁昭和五九年(オ)第一四七七号平成元年一二月二一日第一小法廷判決・民集四三巻一二号二二〇九頁参照)。

これに対し控訴人らは、同条後段の適用については信義則違反又は権利濫用を理由とする制限があると主張し、平成一〇年判決を援用する。

右判決が、民法七二四条後段を適用することが著しく正義・公平の理念に反しその適用を制限することが条理にかなうとしてその適用を例外的に排した事例とは、不法行為の被害者が不法行為の時から二〇年を経過する前六箇月内において心神喪失の常況にあるのに後見人を有しない場合に関するものであり、同判決は、不法行為の被害者の心神喪失の常況が当該不法行為に起因する場合であっても、被害者はおよそ権利行使が不可能であるのに単に二〇年が経過したということのみをもって一切の権利行使が許されないこととなる反面、心神喪失の原因を与えた加害者は二〇年の経過によって損害賠償義務を免れる結果となるのは、著しく正義・公平の理念に反するものといわざるを得ないから、少なくとも右のような場合にあっては、当該被害者を保護する必要があることは、民法一五八条が、時効の期間満了前六箇月内において未成年者又は禁治産者が法定代理人を有しなかったときは、その者が能力者となり又は法定代理人が就職した時から六箇月内は時効は完成しない旨を規定している場合と同様であり、その限度で民法七二四条後段の効果を制限することは条理にもかなうというべきあるとして、不法行為の被害者が不法行為の時から二〇年を経過する前六箇月内において右不法行為を原因として心神喪失の常況にあるのに法定代理人を有しなかった場合において、その後当該被害者が禁治産宣告を受け、後見人に就職した者がその時から六箇月内に右損害賠償請求権を行使したなど特段の事情があるときは、民法一五八条の法意に照らし、同法七二四条後段の効果は生じないものと解するのが相当であるとした。

右判示から明らかなように、右判決は「不法行為の被害者が不法行為の時から二〇年を経過する前六箇月内において右不法行為を原因として心神喪失の常況にあるのに法定代理人を有しなかった場合」というきわめて限定された事実関係の下で、民法一五八条の規定の適用が時効の場合について可能であるのに除斥期間については不可能となることによる不均衡等をも考慮の上、文言どおりの法規の適用が法全体を支配する正義・公平の理念に著しく反するものと判断し、民法一五八条の定める期間の範囲内で権利行使をすることを許容したものであり、被害が甚大であること、あるいは権利行使が困難であることを理由として除斥期間の延長を容認するものではなく、そのようなことは除斥期間を定めた民法の趣旨に反するというべきである。控訴人らが主張する被害は甚大であり、戦後のフィリピンの政治情勢の下で個人の権利主張が困難な状態であったとの事情は理解することができるが、そのような事情があることをもって除斥期間の延長を容認することは民法七二四条の立法趣旨に反するといわなければならず、平成一〇年判決の射程からも外れるものである。控訴人らの右主張は失当である。

七  国家賠償法一条一項に基づく請求(当審で追加された請求)について

1  国家賠償法の遡及適用

(一) 控訴人らは、憲法の前文、九条、一一条、一三条、一四条、一七条、二九条、四〇条、九八条二項、九九条などの平和主義、国際社会の尊重、基本的人権の擁護、国の賠償責任、財産権の保障と正当な補償、刑事補償等の規定の趣旨及び目的に鑑みると、日本軍による蛮行の被害者個人に補償を行い、せめて事後的に重大な人権侵害の損害回復を図ることは憲法上の要請であるというべきであるから、国家賠償法の適用を排除する同法附則六項はその限りにおいて憲法に違反して無効である(憲法九八条一項)と主張する。

(二) しかし、控訴人らが指摘する憲法の各条項はもとよりそのほかの条項を検討しても憲法施行の日(昭和二二年五月三日)以前の公務員の行為について遡及的に国等に賠償責任を負わせる旨の規定やこれをうかがわせる規定はない。かえって前記のとおり憲法一七条が「何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は地方公共団体に、その賠償を求めることができる。」と規定していることからすると、憲法は公務員の不法行為により受けた損害についての賠償請求の要件及び効果を法律の形式で立法府において決定するものとし、右要件等の定立を立法府の裁量に委ねていることが明らかである。そして、憲法一七条を受けて制定された国家賠償法(昭和二二年一〇月二七日施行)は、その附則六項において「この法律施行前の行為に基づく損害については、なお従前の例による。」と定め、それ以前に行われた日本の公務員の不法行為による損害について同法を適用しないことを明らかにしている。

(三) もっとも、憲法の規定に基づいて公務員の不法行為に基づく国等の賠償責任に関する立法がされたとしても、その内容が憲法に違反するものであるとすればこれが効力を有し得ないことはもちろんであり、控訴人らの主張はこの趣旨を述べるものであると解される。しかし、前記のとおり憲法が公務員の不法行為により受けた損害についての賠償請求の要件及び効果を法律の形式で立法府において決定するとしていることからすると、憲法はその施行前に行われた公務員の不法行為について国等に対し遡及的に賠償責任を負わせるか否かについて立法府の裁量に任せる趣旨であったと解される上、憲法施行前に行われた公務員の不法行為について遡及的に国等の賠償責任を認めることが憲法上要請されていたとする格別の根拠はないことからすれば、「行為」の時を基準として国家賠償法を適用し、同法施行前に行われた公務員の不法行為について遡及的な適用をしないことを規定した同法附則六項に違憲の点は認められないから、その違憲をいう控訴人らの主張は採用することができない。

(四) そうすると、本件各加害行為につき国家賠償法を適用する余地はないから、同法の遡及適用を前提とする控訴人らの請求は理由はない。

2  立法不作為の違法

(一) 控訴人らは、一般的にある被害の救済のための立法をすべきかどうかは基本的には国会の裁量であるとしても、控訴人らが性奴隷として受けた被害の重大性と救済の高度の必要性からして、本件は憲法秩序の根幹的価値に関わる重大な人権侵害の救済に関する事柄であり、憲法はその救済のための立法をなす義務を国会議員に課していると解すべきであるから、その違反は昭和六〇年判決がいうところの国家賠償法一条一項の適用上違法と評価される例外的場合に該当すると主張する。

(二) 国家賠償法一条一項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに、国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずることを規定するものである。したがって、国会議員の立法行為(立法不作為を含む。以下同じ。)が同項の適用上違法となるかどうかは、国会議員の立法過程における行動が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背したかどうかの問題であって、当該立法の内容の違憲性の問題とは区別されるべきであり、仮に当該立法の内容が憲法の規定に違反する廉があるとしても、その故に国会議員の立法行為が直ちに違法の評価を受けるものではない。

そして憲法の採用する議会制民主主義の下においては、国会は、国民の間に存する多元的な意見及び諸々の利益を立法過程に公正に反映させ、議員の自由な討論を通してこれらを調整し、究極的には多数決原理により統一的な国家意思を形成すべき役割を担うものであり、国会議員は、多様な国民の意向をくみつつ、国民全体の福祉の実現を目指して行動することが要請されているのであって、議会制民主主義が適正かつ効果的に機能することを期するためにも、国会議員の立法過程における行動で、立法行為の内容にわたる実体的側面に係るものは、これを議員各自の政治的判断に任せ、その当否は終局的に国民の自由な言論及び選挙による政治的評価にゆだねるのを相当とする。さらに、立法行為の規範たるべき憲法についてさえ、その解釈につき国民の間には多様な見解があり得るのであって、国会議員は、これを立法過程に反映させるべき立場にあるのである。憲法五一条が、「両議院の議員は、議院で行った演説、討論又は表決について、院外で責任を問はれない。」と規定し、国会議員の発言・表決につきその法的責任を免除しているのも、国会議員の立法過程における行動は政治的責任の対象とするにとどめるのが国民の代表者による政治の実現を期するという目的にかなうものである、との考慮によるのである。

(三) このように、国会議員の立法行為は、本質的に政治的なものであって、その性質上法的規制の対象になじまず、特定個人に対する損害賠償責任の有無という観点から、あるべき立法行為を措定して具体的立法行為の適否を法的に評価するということは、原則的には許されないものといわざるを得ない。ある法律が個人の具体的権利利益を侵害するものであるという場合に、裁判所はその者の訴えに基づき当該法律の合憲性を判断するが、この判断は既に成立している法律の効力に関するものであり、法律の効力についての違憲審査がなされるからといって、当該法律の立法過程における国会議員の行動、すなわち立法行為が当然に法的評価に親しむものとすることはできないのである。

(四) したがって、国会議員は、立法に関しては、原則として、国民全体に対する関係で政治的責任を負うにとどまり、個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を負うものではないというべきであって、国会議員の立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき、容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、国家賠償法一条一項の規定の適用上、違法の評価を受けないものといわなければならない(以上(二)ないし(四)については昭和六〇年判決の判示するところである。)。

(五) 以上のような国会議員の立場に照らすと、国家賠償法上違法の問題が生ずることがあり得る例外的な場合とは、国会議員の立法過程における行動が一義的に確定される場合のことであり、これを言い換えれば、憲法の一義的文言に反する場合か、あるいは憲法に違反することが一見して明白である場合、すなわち憲法上具体的な法律を立法すべき作為義務がその内容のみならず立法の時期を含めて明文をもって定められている場合や、憲法解釈上右作為義務の存在が一義的に明白な場合等誰の目から見ても違憲であることが明らかであるにもかかわらずあえて立法を行うというような場合であり、文字どおり容易に想定し難い場合に限られるといわなければならない。

(六) そこで憲法の各条項についてみるに、まず憲法前文は憲法の基本原理を宣言するものであるにとどまり、それ自体から戦争に伴う加害行為の被害者に対する謝罪と賠償についての一義的な立法義務を導き得るものではない。また憲法九条は国の戦争放棄、軍備及び交戦権を否定する規定であり、控訴人ら主張のようないわゆる戦後補償や賠償等に関するものではないから、右条項を根拠として控訴人ら主張の立法義務を肯認することはできない。憲法一一条は国民の基本的人権の保障を規定し、憲法一三条は個人の尊重と生命、自由及び幸福追求権を規定しており、これらは国家による侵害から保護されるべき個人の法的利益を一般的に根拠づけるものではあるが、右各条から控訴人らのいうような特定の立法義務が一義的に課されているとすることはできない。憲法一四条は国政の高度の指導原理として法の下の平等原則を宣言したものであり、これに違反する法令、処分等は無効とされるが、積極的に特定の立法をすべき義務を導く根拠となるものではない。また憲法一七条は前記のとおり国家賠償法の制定を規定するにすぎず、控訴人ら主張の立法義務の根拠とはなり得ない。その他憲法二九条、四〇条も同様に控訴人らの主張の根拠となるものではない。憲法九八条二項は、日本国が締結した条約及び確立された国際法規を遵守すべき旨を規定するもので、もとより条約の範囲を超える賠償立法をすべき義務の根拠となるものではない。日本国がこれまでに締結した条約及び確立された国際法規においても控訴人ら主張の立法義務を一義的に定めているものは見当たらない。

以上のとおり、憲法前文その他の規定のどれ一つを取り上げても、右立法の作為義務を一義的に定めた規定であるとは解することができないし、それらの各条項に反映されている憲法の平和主義、国際社会の尊重、基本的人権の擁護、国の賠償責任、財産権の保障と正当な補償、刑事補償等の規定の趣旨及び目的を総合してみても、控訴人ら主張のような立法をすることが憲法上必須な要請であり一義的に立法義務が定められていると解することは到底できない。

(七) 控訴人らは、控訴人らが被った肉体的苦痛と精神的衝撃は筆舌に尽くし難く、今なお深い精神的外傷(トラウマ)となって控訴人らの生活を苛み続けているとして、こうした組織的犯罪による重大な被害を無視し放置することは憲法の最も重要な根本的価値に関わる問題であり、立法不作為の違法を構成すると主張する。

しかし、前述したように戦争等の紛争状態における軍隊その他の戦闘員等による違法な行為の処罰、加害国家の責任、あるいは被害者に対する賠償等の諸問題は、いずれも原則として国際法の枠組みにおいて解決されるべき事柄である。もとより国家がその意思に基づいて被害者に対し直接賠償をすることは国家の自由に行い得るところであるが、これを行うか否かは、加害行為の有無、態様、被害の重大性といった当該加害行為に直接関係する事項だけでなく、国際社会の情勢、加害国と被害者の所属国との外交その他の関係、加害国家の国内諸事情等、更には正義、人道等の観点をも交えるなどして様々な見地からの自由な意見を踏まえて決せられるきわめて政治的な要素を伴う国家の判断であり、法を適用する司法判断とはそもそも範疇を異にするものというほかない。

したがって、憲法上控訴人ら主張のような立法義務が一義的に課されているとは到底認めることができず、控訴人らの右主張は控訴人ら独自の見解であって採用することができない。

3  戦争犯罪者を放置した違法

控訴人らは、被控訴人の国会、内閣、捜査機関を構成する公務員が、控訴人ら主張の侵害行為の行為者を発見、処罰していないことは「醜業ヲ行ハシム為ノ婦女売買禁止ニ関スル国際条約」に基づく作為義務違反であるから国家賠償法一条一項の不法行為を構成すると主張する。

しかしながら、国家賠償法一条一項にいう違法とは、個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背することであるところ(昭和六〇年判決)、控訴人らが国の公務員の義務違反の根拠として主張する条約上の義務は、相手方である締約国に対する国際法上の義務であって被害者個人に対して負担する義務ではないから、仮に右のような義務違反があったとしても、これにより被控訴人が国家賠償法一条一項の違法を問われる余地はない。

また犯罪の捜査及び公訴の提起は公益上の見地に立って行われるものであり、そのような犯罪の捜査等の持つ公益的な性格は右条約あるいはその後の「人身売買及び他人の売春からの搾取の禁止に関する条約」(昭和三三年条約九号。同年七月三〇日公布)においても変わりがないものと解されるところ、犯罪の被害者が捜査又は公訴提起によって受ける利益は公益上行われる捜査又は公訴提起によって反射的にもたらされる事実上の利益にすぎず、法律上保護された利益ということはできないから、被害者が捜査機関による捜査が適正を欠くことを理由として国家賠償法の規定に基づく損害賠償請求をすることはできない(最高裁判所平成二年二月二〇日第三小法廷判決・判例時報一三八〇号九四頁参照)。したがって、控訴人らの主張はこの点においても失当である。

4  以上に判断したとおり、控訴人らが当審で追加した国家賠償法の遡及的な適用、あるいは立法の不作為又は戦争犯罪者不処罰を理由とする国家賠償請求はいずれも理由がないというべきである。

第六結論

よって、控訴人らの本件控訴及び当審で追加した請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条一項、六一条、六五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 新村正人 裁判官 宮岡章 裁判官 田川直之)

当事者目録

控訴人(原審第一事件原告・以下「控訴人」という。) A<外八〇名>

控訴人ら訴訟代理人弁護士

同 武村二三夫

同 菅沼友子

同 横田雄一

同 佐藤芳嗣

同 中北龍太郎

同 小山千蔭

同 中道武美

同 池田直樹

同 東澤靖

同 竹下政行

同 重村達郎

同 中島光孝

同 幸長裕美

同 奥村秀二

同 大島有紀子

同 小川原優之

同 秋田一惠

同 稲垣隆一

控訴人ら復代理人弁護士 川口和子

被控訴人 国

右代表者法務大臣 保岡興治

右指定代理人 齊木敏文

同 藤谷俊之

同 佐藤武

同 小沢満寿男

同 関口正木

同 奥田直竹

同 大圖明

同 松村葉子

同 佐藤純一

同 鈴木秀幸

同 向山敏明

同 根原稔

同 松永栄治

同 熊谷直樹

同 松田誠

以上

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